親しさとは、距離を縮めることだけではない

No.2の現場術

「もっと部下と距離を縮めなければ」と思っていませんか?

1on1を増やして、雑談を増やして、名前を覚えて、声をかける。
それが「いいマネジャー」の条件だと思っていませんか?

半分は正しい。でも半分は、間違いかもしれません。


顔を覚えてもらうと、うれしい人がいる

常連さんに「いつもありがとうございます」と声をかけられると顔がほころぶ人がいます。
名前を覚えてもらえると、それだけで職場のモチベーションが上がる人がいます。

そういう人に対しては、距離を縮めることが「親しさ」になります。

よく声をかける、覚えている、気にかける。
それが伝わるほど、関係が深まっていく。


でも、誰にも知られず静かに過ごしたい人もいる

一方で、あまり目立ちたくない人もいます。
仕事はしっかりやりたい。でも、プライベートには踏み込まれたくない。
必要以上に関わられると、むしろ疲弊してしまう。

そういう人に、「もっと話しましょう」「もっと仲良くしましょう」と詰め寄っても、うれしくない。
むしろ、距離が開いていく。


「飲み会に給料はつきますか?」

少し前に、こんな言葉が話題になりました。

「飲み会に給料はつきますか?つかないなら参加しません」

笑えないこともないけれど、笑い飛ばすだけではもったいない。
この言葉の背景には、「仕事はあくまで仕事、プライベートは別」という明確なスタンスがあります。

いわゆるZ世代に限った話ではなく、最近は世代を問わず「会社とプライベートをきっちり分ける」という考え方が広がっています。
それは冷たさではなく、単にスタイルの違いです。

問題は、そのスタイルの違いに管理職側が気づいていないことです。

「なぜあの子はそんなに壁をつくるんだ」と思っているマネジャーほど、
自分がなぜ壁をつくられているかに、気づいていなかったりします。


親しさは、距離を縮めることだけではない

親しさには、2種類あると思っています。

ひとつは、距離を縮めること
もうひとつは、相手が望む距離を保つこと

後者は、ほとんど語られません。
「心を開いて近づいていくこと」が親しさの正解だと思われているから。

でも、人によっては「あなたはわたしのことを理解してくれている」という感覚は、
「踏み込まれない」ことから生まれることがあります。

近づきすぎない。でも、ちゃんとそこにいる。
それが、ある人にとっての「信頼」の形です。


マネジャーが間違えやすい場所

善意で距離を縮めようとしている。でも相手は、じわじわ引いている。

  • 「もっと話してほしい」と言われてもいないのに、1on1の頻度を上げる
  • プライベートの話を引き出そうとする
  • 「あなたのことが心配だから」と近づきすぎる
  • 誘いを断られたのに、また誘う

気づいたときには、「なんか最近あの人と話せなくなった」という状態になっています。

境界線は難しいのは確かです。でも「踏み込んでいいかどうかを、相手の反応で判断できているか」は、マネジャーとして問い続ける必要があります。


相手が望む距離を読む

では、どうすれば相手が望む距離を読めるのか。

ひとつは、反応を見ること

声をかけたとき、表情が明るくなるか、少し引くか。
1on1で話が弾むか、どこかそっけないか。
ランチに誘ったとき、喜ぶか、断ることが多いか。

もうひとつは、自分の「近づきたい欲」を意識すること

マネジャーの中には、「部下と仲良くなりたい」という欲求が強い人がいます。
それ自体は悪くない。でも、その欲求が先に立つと、相手のペースを見失います。

近づくのではなく、相手が自分のペースで近づいてこられる場所にいる
それがマネジャーとしての「距離の取り方」のひとつの答えだと思っています。


距離を保つことも、思いやりのかたち

わたし自身、どちらかというと「適度な距離が心地いい」タイプです。

誰もがそうではないとわかっています。
でも、「距離を詰めることが思いやり」という前提が、職場には少し強すぎる気がする。

静かにそこにいる人への思いやりは、
声をかけることではなく、静かにそこにいてあげることかもしれない。


顔を覚えてもらうとうれしい人がいます。
でも、誰にも知られず静かに過ごしたい人もいます。

親しさは、距離を縮めることだけではありません。
相手が望む距離を保つことも、ときに深い親しさのかたちです。

あなたの職場に、そういう人はいませんか?

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